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新曲の動画 ②

書き下ろしシリーズ、2曲めです。




今日は歌詞も貼っておきます♪


Oh! Lord    

当てなどないのにどうしていつも
走ってるんだと あいつが聞いた
確かにそうかな 考えたこともねぇ
俺は走るのが ただ好きなんだ

稼げないのにどうしてあんた
歌っているのと 大切な人に
聞かれて困って 悩んだ友は
輝いた心 ギターケースに仕舞う

 その点俺は 気楽なもんさ
 だって これしか出来ないバカな奴さ
 そうさあんたは何に失くてないのさ
 今も走っているだろ 荒れ果てた路を

     Oh! Lord 石ころだらけだ 
    Oh! Lord 曲がりくねってる
    Oh! Lord 小さな花が咲いている
    Oh! Lord 走り抜けるんだ

いつか誰かが 俺のビートで揺れて
踊り出したら いいよな
きっと嬉しくて 夢中になって歌い
涙でマイクも 滲んでしまうぜ
  
 うつむいたときも 遠くで呼んでる
 誰にも見えない荒れ果てた路が
    
    Oh! Lord 今日も砂利道さ 
    Oh! Lord 水溜り避けて
    Oh! Lord 小さな花が咲いている
    Oh! Lord 走り抜けるんだ

以上。

  ※ Road(路) とLord(神、主人) を引っ掛けました。



今日、髪を切ってもらいに行き、少し短めにしてサッパリした。

久しぶりに会う美容師 K さんに「あれ?ちょっと顔が丸くなりました?」

って言われた。笑

自宅にばかり居過ぎて、完全に運動不足やね。

明日から、たくさん歩こう。笑

ってか、まぁ、バイトが再開すれば、また痩せるけどね。


そういうKさんは、マスクを外したら頬から下は、口以外全部が髭 ww

そして、彼のマンションのベランダは、ワインの空瓶だらけだとか ww

いつもありがとうございます。またゆっくり呑みましょう。


夜は少し涼しいな。みなさん、風邪などひかれませんよーに。

例え部屋ででも

毎日欠かさず悶絶しながらでも歌っていると、

今まで見えてなかったものが徐々に見えてくるんだな。


歴史的コロナ禍で、図らずもバイトが自宅待機になり、

生活存続の不安にかられてしまったけど、

これだけ自由な時間をいただいたお陰で、

色んなことをリセット、考えることが出来たし、

新しい歌と向き合いながら、少しは今までより自分を知ることも出来た。


歳ばっかりこいてるけど、俺なんてまだまだチョロイな。

チョロイ奴は、格好つけてないで、前に進むしかないんだよ。

頑張れ、俺。


おやすみなさい。

あるべき姿

歌はハートって、皆よく言うけど、

やっぱり、声と心が繋がってないとね。。

余計なこと考えないで、その歌を歌うんだ。

今日、自分が歌うある動画を観て、改めてそう思った。


嘘はつけないよ。

ついちゃいけない。

いくら派手に着飾っても、そんなの魂はガリガリやん。


本物の叫びは聴こえてくる。

どんなに遠くからでも、聴く者の心に飛び込んで来る。

僕はそう信じてます。


とか言いながら、夜中2:30にハンバーグカレー弁当食べる61才。

おやすみなさい。

歌っていない箇所の長さ

新曲を書くときに必ず時間がかかるのが、歌詞の置き方だ。

創成期の日本のフォークは、字余りソングがたくさんあった。

リズムよりも、歌詞の内容、何が言いたいのかが大事だった。

そのくせ、字余りのあとに 「~だったんです~」 っていうのもあった。

あれは、僕的には、昔も今も変わらず、聴くのが厳しい。


僕の場合、あらかじめ書いてある歌詞を脳内で歌うのだが、

実際、自分でギターを抱えて歌い(同時に)、自分の肉声を聴くと、

非常に不自然だったり、恥ずかしいシロモノになってしまうことがある。

その場合、迷わず別の言葉を探し、リズムの流れ・Grooveを邪魔しない

言葉を選ぶ。つまり全く、文体~言葉重視ではないのだ。

これは、察するに、黒い洋楽ばかりを、身体を揺らせながら聴いていたから

に違いない。

バンドで演奏、歌うときは特にそうなのだが、最近Solo!(弾き語り)を頻繁に

やるようになっても、言葉自体にリズムのスムーズさ(嵌り具合)を求める。

そして、声の強弱や表情、その曲の声、その場面での声の表情、

そんなものを大事にしてきた。


そして、50才を過ぎたころからは、歌っていない箇所の長さ(休符や場面)

を楽しむようになった。その長さを変えるだけで、次の声の意味の重みが

全然変わるのだ。

ってことは、その無声になる前の、最後の声の切れ方や表情も大事になってくる。 

しかし、これが大事だからって、事前に決めておくのは、僕が重きを置いている、

歌う衝動の大切さを考えた場合、やはり不自然だ。

だから、演奏や雰囲気を感じて、瞬時にFeelingで歌い上げるのが好ましい。

そのスリルを感じている声が歌になるのだから。。 これぞLive!ってやつ。


こういう細かいことは、誰に教えられたものでもない。

そしてこれは、僕にとって、非常にスリリングで中毒性のある瞬間であり、

この一瞬の緊張感こそ、歌う醍醐味のようなものなのだと思っている。、

そして、僕はこの方法を信じている。 いわば自分の歌唱スタイルかも知れない。

どこかのヴォイトレの先生なら、「その場面をどう歌うかは、あらかじめ決めて

おきなさい。」と言うかも知れないな。

そんな話を疑うこともせず鵜呑みにしていたら、上手いけど面白くない歌の一丁上り~。

となってまうで?


歌は、自分にとって正解なら、それでいいのだ。


とまあ、古田は、一日中、こんなことばかり考えているんです。

何十年も。。 笑

でも、未だ未だ新発見や感覚が、これからも待っていそうで、楽しみでならない。

多分これ、死ぬまでだろな。笑


おやすみなさい。

痩せない心

春頃だったか、ある人にこう言われた。

「そんな悲壮感漂う険しい顔してたら、心まで痩せてしまうよ?」と。

そんときは何気なく聞き流したが、後からジワジワ効いて来た。


そして、それ以来、

「そうだよな、心の痩せた奴が作って歌う歌なんか、誰も聴きたくないし、

そんなん、俺自身もやりたくないわな。」と思うようになった。


歌は、悲しみ、苦しみ、絶望や失望、疑念やエゴ、嫉妬や嫌悪、人生の矛盾

など、人間の持ってしまう、現実に直面したマイナス要素も自由に表現できる。

それに、面白い物語に悲劇は付きものだ。


けれど、そんな辛い現状だけ歌って終わりじゃ誰も救われない。

それらを全部認めた上で、

人生って、色々あってしんどいときもあるし、思い通りにいかないけど、

予想できないところが、何ともスリリングでオモロイやん。

人間って、幾つになっても、アホで強欲、未完成で笑えるやん、

そして、明日またドアを開けて外に一歩踏み出すとき、

「よし、今日も行くぞうー!」って、滾る気持ちになれるような歌を

僕は作り続けたい。


だから、音楽の楽しみ方や、人生を「こんなもんだろう。。」なんて、

自分で諦めてしまったらそこで終わりだ。

ゼロから自分で描ける歌の世界は、どこへだって行けるし、

誰とだって会える。。 無限大の可能性を秘めているのだから。


今の僕は、以前ほど険しい顔ではないはず。 
プロフィール

FULTA

Author:FULTA
Rockn' Soul singer
FULTAが行く!

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