いい湯だな

大きな風呂に浸かりたくて銭湯に行って来た。

いい湯だな。
入り口

衣類箱?
棚と籠。歴史を感じますなぁ。

何でも、アニメの中に出てくる銭湯のモデルになったというN湯。

しかし、客は、しばらく俺一人の時間もあり~ので「ここ大丈夫か?」状態。

店主は番台にステレオ・コンポを向けてJazzを聴いている。


友人に聞くと、京都の銭湯は、老人達が集まる開店時間(16時~)あたりがピークらしい。

昔は、町屋にも風呂のない家が多く、大学の街京都では、下宿している学生たちも大勢利用した。

しかし、現在、衰退の一路を辿っているのは明白な事実。庶民の社交場が消えていくのは残念だ。


古いばかりで、これといった売りのない銭湯だったが、電気風呂というのを久しぶりに見た。

上京時、ネッシーとよく銭湯に行っていたとき、何も知らずにその湯船に飛び込んだネッシーが、

ビリビリ痺れてパニクったのを思い出した。


帰宅後、友人の整体師Kちゃんが仕事終わりに訪ねてくれた。

しばらくカミさんの手料理で呑んでいたのだが、俺の凝り固まった身体をケア。感謝です。

整体云々ではなく、京都に帰って来たら彼に頻繁に会えるから嬉しい。


さぁ、明後日から4月だ。 そろそろ動くぜぃ。

愛こそすべて

この場で具体的には書けないけど、生きていれば狭い社会で色んなことが起こる。

予定していた希望をいきなり奪われてしまい失望することも。


人には、それぞれ立場や生活、その人なりの人生があるわけだが、

自分のリスクを回避するために、当初の約束を変えてしまうというのはいただけない。

口約束は信頼関係があってこそ成り立つもの。

やはり、信用していた人に対して罪が重いと思う。

そういう意味では、俺もかつては重罪人だった。。


人が一番凹むときって、敬愛していた人に対してがっかりするときではないだろうか?

そして、その相手は、これからもそのやり方で、そこそこやっていくだろう。

しかし、よく見ると、そいつは、半径 3 m くらいの狭い世界を必死で守っているだけ

だったりする。  そんな奴、所詮そこまで止まりで、この先もずぅっとそんな人生だろ。



人には、いつだって、大小にかかわらず希望が必要だ。

疵付いても、時間を要しても、また新しい希望をみつけなきゃな。

希望が生きる力や笑顔を生み出すんだ。


そして、俺は、何回凹んでも、また人を信用しようとする人が好きだ。

その気持ちを守るために俺に出来ることなら、どんなことでもしたい。


だって、疑うことから始まる世の中なんて、あまりのも悲しいもんな。


今夜の Music♪
愛こそすべて
「Take a look / Aretha Franklin」Complete on Columbia('11)
某氏に借りている12枚組CD Box set(DVD1枚含む)。
Atlanticに移籍してブレイクする以前、Columbiaに所属していた時代の完全版。
なんと、当時彼女は18~22才だった。正に天才。
ただただ聴き惚れるばかり。。




満開真直の北白川

東京は桜が満開らしい。例年よりは早いと思うけど。。

京都は来週末あたりではないかと予想される。


昨日は、ウチに遅れること丁度一ヶ月で京都に移住した友人の引越しを手伝いに。

俺が最年長ということで、年寄り扱いされたくなかったので張り切ったのだが、

翌日、案の定、カラダの節々が痛くなった。(まぁ、予想通りですけれども)


昔「サーカス・サーカス」~「C B G B」があった北白川周辺もやはり変わったのだが、

リハが終わって、本番前におにぎりを食べていた、疎水沿いのベンチはそのままだった。

サーカス~と白川通りを挟んであった「フィレンツェ」という二階建ての喫茶店。

コーヒーも軽食も美味しくて、待ち時間を潰したり、Liveのない日も時々行っていた。

そのうち、女主人と挨拶を交わすようになり、上京前には「もうすぐレコード出るんやってな~、

良かったなぁ。」とあちらから声をかけていただいたことがある。

そのフィレンツェ、今もあるのかなぁと見てみたら、建物の形(洋館風)こそ同じだったけど、

真っ白だったヨーロピアンな形状は、全身を真っ赤に塗られて中華料理屋に変わっていた。

何か切ないなぁ。。跡形もない方が、まだ良いのに。。と思う古田であった。

そのフィレンツェで最後にコーヒーを飲んだのは、もう28年も昔の話。。


引越し、荷物搬入を終了してから、総勢10人、百万遍の「串八」で打ち上げへ。

新人らしい店員(男子)が「それ無理やろ~?」というくらい生ビールを盆に乗せてきた。

おっ?さすが!やるなぁ!と思ったのもつかの間、けつまずいてジョッキを落としてしまい、

さっき来たばかりの友人(女性)の足元をビールで濡らしてしまった。

失敗は誰にでもあるのだが、ここからがまずい。

彼は一言も謝罪の言葉を発しないどころか、ニヤついてさえいるのだな。

おいおい、一番パニクッたのはキミかも知れないが、申し訳ないという気持ちがないのか?

と思い、一同はここまで出かかった言葉を飲み込み、楽しいはずの部屋を冷気が覆ってしまった。


今の世の中、チープな文句なんて何一つも響かないこともあるけど、

最低限の礼節は重んじて欲しい。そしてある意味、アルバイトは社会勉強です。

叱られたり、恥かいたり、悔しい想いの連続。


その後、廊下では、こぼした君が主任らしき人に大きな声で叱られているのが聞こえた。

その聞こえること自体がわざとらしく感じられ、こちらの酒は輪をかけてまずくなった。

パフォーマンスはもうええから、「客への真心」をしっかり教育して下さい。


しかし、こんな空気に力を発揮するのは、いつも大馬鹿ばかりやらかしているバンドマン。

SきまNざらしの二人の、ツアー話、メンバーのアホ話の数々に全員腹を抱えて大爆笑。

(俺的には、自分が車酔いすることを、5年間も隠し続けたままツアーを続け、遂にメンバーから

「何故、オマエはクルマん中でいつもそんなに不機嫌なんじゃ?」と詰め寄られ、サービスエリアで

「俺はクルマに酔うンジャー!!」と心から絶叫したメンバーの話が一番可笑しかった。)

こういう話していると、さっきの出来事が、ほんま小さいことに思えてしまうんだな。


ほんま、バンドマンは罪がないっす。

ありがとう、Jすけ、ITちゃん、そして、運転手のF田さんはじめ、皆さん、お疲れ様でした。

また会おう。

昨日は、夕刻から、急遽、ウチで3家族合同お好み焼大会が始まった。

俺はかつての某店長、お好み焼ならまかせなさい!


家族3人で来たK田さんたちは、一週間後、京都から、旦那の実家姫路へ引っ越すらしい。

越してきた俺たちと、せっかっく音楽を通じて仲良くなれたのに残念だ。


でも同じ関西地域だし、またすぐ会えるよね。

今後会うとき、この子がどうなっているか楽しみだな。

吉本新喜劇大好き!眠い6才

またね。

これで十分

父が使っていたCDラジカセ。

お気に入り

主に、就寝時、AMラジオでNHKを聴いていたらしい。

安物なので、音質を調節するつまみもなく、全部漢字かカタカナで記してある。

CDを聴いても、ややこもり気味でモノラルっぽい音の塊が出てくる。

だが俺にはそれくらいが丁度良い。疲れないのだ。

古い時代の音楽を好んで聴くことが多いからかも知れないが、

シャリシャリと隅から隅までどの(楽器の)音も近くに聴こえる必要もないやん?と思うから。


これ、しばらくはまりそう。

新しい1ページ

京都に越して来て三週間が経とうとしている。

すっかり慣れたというわけではないが、旧知の街にはそれなりに溶け込み、

まだそれだけしか経ってないのか?という感じだ。


一週間前から新しいバイトが始まり、最初、まったく身体が付いていかず焦ったが、

ここで投げ出しても、すぐ次があるわけでもないので、諦めず踏ん張ったら、

昨日あたりから、少しだけだけど楽になってきた。

楽観するにまだ早いが、何事も諦めたらあかんということを改めて痛感している次第。


先日、古い友人に連れられ、Bound時代、熱心に応援してくれた方(女性)のお店(Bar)に行って来た。

当時、俺自身とはゆっくり話したことがなかった、いわゆるお客さんだった方なのだが、

必ずLiveには駆けつけ、手料理なども差し入れてくれた、大切な昔のファンである。


当時の京都でのLiveがどれだけ楽しかったかという話、

そして東京で何が起きたのかも知らされず、Bound が解散したと聞かされ、

それはそれは、とても残念な気持ちでいたという話。

俺は当時、自分のこと、バンドの窮状のことで精一杯で、他が何も見えていなかった。

25~6年前にそんな人たちが沢山いたことを考えることが出来なかったのだ。

それは若かった自分のキャパ、器の狭さ、仕方のないことなのかも知れない。

しかし、いわゆる子供だった自分を、今更ながら悔しく思った。


しかし、今回、京都に帰ってまた音楽活動を再開するという俺を素直に歓迎してくれて、

今後の俺のLiveにも顔を出そうかなと言ってくれる。

あの頃は、お互い20代、そして今は、酸いも甘いも味わった50代になった。


そんなもん、最高の歌を聴かせるしかないやろ古田くん。


この三週間、正直、音楽活動どころではない毎日だったが、

少しずつだけど頭の中で何やら歌が聴こえ出した。

でも今は急がず、それをもう少し放置して、自由に遊ばせてみようと思っている。


そして、ありがたいことに、熱意を持って俺とともに行動しようと言ってくれる友人がいる。

一緒に演奏していて楽しい仲間が、このまま一人ずつ集えば良いな。


古田の新しい 1 ページがもうすぐ始まります。


LadyDay

友人から、引っ越し祝いにと、とんでもないものをいただいた。

1枚21~25曲
『 The complete Billie Holiday on Columbia (1933-1944) 』
なんと10枚組です!

ありがとうK井くん。

時間をかけて、ゆっくり聴かせていただきます。



昨日は、引っ越してきて、初めて雨らしい雨が降った。

窓の外から、隣家のトタンに降り落ちる雨音が聞こえて賑やかだった。

けど、何故かうるさくなく、懐かしい感じがして心が落ち着くのだ。


あれは昭和の雨音だな。

96才?

新しい住み家、大正6年生まれの96才ということが判明。


昔の職人(大工)さんってすごいよなぁ。

それと、当時の材木が、全部日本のものだったのも長持ちの原因らしい。

とはいうものの、さすがに一世紀近く経つと、明らかに斜めっているところもあるけどね。


京都は空襲を受けなかったので、古い家屋がそそのまま沢山残っているんだな。

けど、以前住んでいた頃に比べたら、マンションが明らかに増えた。

コインパーキングもやたらと多い。(料金も都内と同じくらいだ)


俺が住んでいた頃は、Live house の前にスペースがあれば路上駐車して、

Live聴いて、ガンガン酒呑んで、そのまま飲酒運転で帰った。


今じゃ考えられない話だな。

CDラック

先日、京都の人気 Rock band のギタリストI Tちゃんが、

壁一面に CD を並べられるように、板を買って来て、わざわざラックを作ってくれた。

壁の向こう側の硬さ(強度)を予想してビスを購入するも、

それが向こう側にある壁に届かなかったりで、一時難航したが、

「終わったらメシ喰いに行こ!」と言ったら急にペースがUP!

ビシバシ!と目に見えて仕事にキレが戻った。

何て分かり易い奴なんだ。 笑ろた! 好きになりそう。


早速CDを並べたらご覧の通り。 壮観だな。

手作りCDラック

ありがとう!I T ちゃん。

今度、酒飲みがてら、ゆっくりと完成形を眺めに来てや。

そして10日

久しぶりのBlog 更新になります。


京都に越してきて10日目。あっという間だった。


今回の引越しに手伝ってくれた東京の友人達、京都の友人達、本当ありがとう。

助かりました。心より感謝します。

そして、レンタカーを借りて、往復してくれたF田さん、

いつもはバンドツアーのドライバーをしていただくのだが、

今回は引越しの積み役とドライバー、あなたには助けられ過ぎ、本当感謝します。

二人で走る3tトラックから見えた、真っ白な富士山が俺には忘れられません。

お疲れ様でした。


こちらに来てからというもの、毎日毎日段ボールとの戦い。片づけ。

諸々手続きに出かけ、帰ってまた夜遅くまで整理。

そして、朝起きたら、隣のばぁちゃん(89才)の長~い話を聞く毎日。


一週間目、そろそろ音が恋しくなり禁断症状、Audioをセットしてリラックス。

やっぱり、音楽がないと生きていけません。


今夜は古い友人たちが「そろそろ片付いた頃やろし、エエかな思て~」と来てくれた。

「お帰り~」と言うてくれるのだが、27年ぶりで「お帰り」というのもなぁ。(俺、横井さん?)

ゲラゲラ笑い、取りとめもない話をしてるだけだけれど、とても楽しい夜だった。


そして先日、父がなくなって百日が経った。早いなぁ。

やっとゆっくり、父の死、人生を考えられるような気がする。



そうや、そろそろ次のLiveのことも考えよう。

それではまた。
プロフィール

FULTA

Author:FULTA
Rockn' Soul singer
FULTAが行く!

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