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ジロマス

4/8、高円寺Jirokichiのオーナー荒井誠氏(ジロマス)が他界された。享年66才だった。

知らせが届いたとき、思わず絶句した。何てことだ。。

もう二度と会えないのかと思うと寂しくて堪らない。

ここしばらくお会いしていなかったので、未だその現実を受け入れていないという状況だ。


俺が Bound のデビューに伴い上京したのは 28才('85)のときだった。

京都で活動している頃から、都内のブッキングをしてもらっていた事務所が

Blues関係のLive(国内外)に強い事務所だったこともあり、Jirokichi の出演が実現した。

当時の出演者はほとんどが Jazz、そして Blues、soul のカバーバンド、セッションで、

オリジナルの Rock をやっているバンドの出演は記憶にない。


初めてジロマスに紹介されたときの、俺を見ての第一声が「お?顔が房ノ助に似てるな」だった。

そしてLive終了後、すぐに楽屋に来て満面の笑顔で「お前らは最高だ!」と大絶賛してくれた。

それ以来、Bound の Live には毎回いるので、毎日出勤しているのかと思いきや、そうではないらしく、

スタッフ曰く「Boundのお客さんは若い女の子が多いので楽しみにしているんですよ」とのことだった。 

なんじゃそりゃ!?であるが、そういうところも俺は大好きだった。

※( 別に若い女子が多いようなバンドではなかったんやけどね。。 )


その後Boundは解散してしまい、京都時代から付き合っていた彼女との関係も解散してしまい、

俺は夜毎、荒れたように高円寺や下北沢を呑みまわっていた。

そんなある日、Jirokichiの外に腰掛けて酔いを醒ましていると、ジロマスが横に腰掛け、

「古田、バンドが解散してしまったのは、全部オマエの責任だ。いろんなことが周りで起きても

オマエは歌い続けなければいけないんだ。ほら、早く次のブッキングしてこい。」と言われた。

Bound の解散の原因を、俺一人の責任だと、正面から言ってくれたのはジロマスだけだった。

俺は、そのとき言われたことを思い出しながら、後日、今までの自分の全てが甘かったと悟った。

その後、20数年にわたり、いくつものセッションやバンドでジロキチに出演したが、

ジロマスは観に来ても、終演後特に何も言わず、俺の顔を見てニヤニヤ笑っているだけだった。

俺のLive、俺の音楽で、この人に大きな声で「Yeh!」と叫ばせたい、と思っているこの人の中の一人がジロマスだった。

俺の今、「 なまず兄弟 」を一度聴いて欲しかった。

でも、それはもう叶わない願いになってしまった。 後悔しても遅いのだ。

大好きな人たちが皆いなくなってしまうけど、

故人が増えるたび、残され、Powerをもらった俺が、もっと邁進して生きなければと強く思う。

ジロマス、安らかに休んで下さい。

ディジュ部屋にて
2004年、ジロマス御殿場在住の頃、一度宅に伺う機会があった。
写真は、ディジュリードゥーの手ほどきを受けているところ。
写真で俺が吹いているディジュは、ジロマスお手製のものだが、
そのままいただいて帰ることになり、結局これが形見になってしまった。。





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